社長の模型プロフィール

1942年生まれ、幼児期、祖母の背におんぶされて二日市駅に汽車を見に行けばピタリと泣きやんだという話!!幼少の頃の乗り物好きが現在まで続いている。私の家は1905年創業の三代続く時計宝石メガネ店。
小学生当時の時計は今のような電池式ではなく、ゼンマイの力で動く時計で、それの分解掃除を手伝って1個仕上げるとなにがしかのお小遣いをもらっていた。それを資金にして軌間16.5mm、1/80の鉄道模型をはじめ、高校卒業まで少しずつ数を増やしていきました。
1960年代になると米国製プラスチックスケールモデルが出現。飛行機や自動車の精巧な作りに感心し、仲間と「金曜会」というプラモデルクラブを発足。

毎月、自分の傑作を持ち寄り、お互いの作品の自慢話や新技術の開発、塗装のノウハウの公開等、切磋琢磨しておりましたが、会員それぞれの仕事が忙しくなり自然消滅のように集まらなくなり、現在は何年かに一度はOB会をやっています。

私はといえば精密機械の時計屋さんを続ける傍ら「キングスホビー」といわれている鉄道模型にのめり込んで今日に至っております。

私の模型鉄道は「九州鉄道」と名づけています。実物の鉄道が国有化される前の九州の幹線鉄道の呼び名で、それをそっくり私の模型鉄道にいただきました。

その実物は大正時代から昭和時代の戦前にかけて二日市を基点に、私鉄軽便鉄道として縦横に走っていました。

まず、二日市~太宰府間に「太宰府軌道」、二日市~甘木~杷木間に「朝倉軌道」という風に、これらの鉄道が現在も続いていると想定して模型鉄道上に実現させようと思っています。

未塗装仕上げにしているのは真鍮の質感が好きで、一種の工芸品のような味を出したいのと、塗装完成の時にベースの仕上げをしっかりしていればスッキリと塗りあがり、作品の完成度を高めたいと思うからです。

「九州鉄道」を走るときは塗装して実物の質感を高めて完成とします。